Voyage sentimental

物欲の残滓

内田弘樹『艦隊これくしょん ー艦これー 鶴翼の絆 4巻』レビュー

飛龍ハ健在ナリ

雑記を書きたいということで始めた本ブログ。第一回目の投稿は書評ということで先日発売されたばかりの『艦隊これくしょん ー艦これー 鶴翼の絆 4巻』を取り挙げてみようと思います。本作は前作に引き続き、艦これの2014夏イベント「AL/MI作戦」をテーマにした物語であり、余所では中々取り上げられないにっこにこにーこうせん二航戦や舞風、第17駆逐隊の面々がフォーカスされるなんとも嬉しい作品となっております。イベントのモチーフとなったミッドウェー海戦に大きく関わっていた彼らが如何に敵に、己に立ち向かっていくかが大きなテーマであり、この点は「鶴翼の絆」で一貫して描かれ続けているテーマでもあります。

「艦これ」というゲームは言うまでもなく、キャラクターのモチーフを第二次大戦時の日本海軍の艦艇に求めている点に最大の特徴があります。「艦これ」の生みの親である田中謙介氏も、悲惨な結末を辿ってしまった艦艇の歴史をプレイヤーと共有したいという思いでゲームを開発したとインタビューで答えており、キャラクターの造形や台詞、海域名、装備といった様々な箇所に歴史へのアクセスを容易にするチップが散りばめられています。我々プレイヤーからすると、キャラクターを掘り下げたいというオタク心から必然的にそうしたチップを辿ることになり、そこで史実を知ることで更にゲームへの没入感を増幅させる構造に、このゲームがヒットした一端があるのかなぁと解釈してます。ちょうど「AL/MI作戦」はこの構造が最大に発揮されたイベントではないでしょうか。分かりやすいリベンジだしね。

また「艦これ」はライトなキャラクターゲームという側面もあるので、プレイヤーには気持ちよく没入してもらわなくてはいけません。一方でモチーフとなった艦艇は二次大戦期のものであり、日本人にとって「戦争」とは70年が経過した今でもなお太平洋戦争のことを指し、乗り越えられていないものです。つまりちょっと頭を空っぽにして思い入れをもってもらうにはめんどくさいシロモノです。更に海軍の艦艇ですから当然人を殺すための兵器であり、それをモチーフにしたキャラクターが活躍するということは、その暴力性を発揮するということでもあります。これもちょっとめんどくさい。

この点を一挙に解決するために、敵は人類を脅かす化け物=深海棲艦と設定されています。かつて人を殺すために造られたものが、今度は人類を守るために活躍する。とても気持ちのよい、痛快な設定です。これでプレイヤーは脳死状態でキャラクターを愛でることができます。やったぜ。

ところが「鶴翼の絆」の筆者である内田弘樹氏は、そうは問屋を卸してくれません。キャラクターが太平洋戦争の海軍の艦艇であること、兵器であることにどこもまでもこだわります。シリーズ1巻では「あの戦争」というワードがくどいと言われてしまうほど出てきて(この点は次巻以降に改善されましたが)、作中の艦娘は自らの戦歴に悩まされます。決して艦娘が痛快無比な活躍をするシリーズではありません。それでも悩み苦しんだ末に過去を乗り越え、自分が戦う意義を見出すストーリーは、ゲームプレイヤーであれば、更にそれが好きなキャラクターであればなお、大きな感動を覚えるのが本シリーズの魅力だと思います。エンターテイメントとしての他に、わざわざこうしたプロセスを艦娘に辿らせるのは、架空戦記というジャンルを専門とし、兵器をエンターテイメントとして扱ってきた内田先生ならではの艦艇への敬意ではないかと、私は捉えています。この過程があるからこそ、初めて艦娘を心置きなく活躍させることができる。どこかでこうした作風を「鎮魂」と表現しているのを目にしたことがありますが、「鶴翼の絆」は正にそうした作業をプレイヤーに代わって物語が執り行ってくれているシリーズと言えるでしょう。

前置きが長くなってしまいましたが、「鶴翼の絆 4巻」のレビューです。史実で大敗北を喫したミッドウェー海戦のリベンジと「MI作戦」に挑む瑞鶴らでしたが、前半である3巻では赤城、加賀、翔鶴が戦闘不能に陥るなど史実並の苦境に立たされます。そこから反撃するために悲壮な決意をもって旗艦を務める蒼龍と、その決意に付いていけない唯一無二の相方である飛龍。この2人のすれ違いながらの反撃戦がメインのドラマとなります。また多くのプレイヤーを阿鼻叫喚の境地に叩き込んだ「AL/MI作戦」E-6ステージも再現。AL/MI作戦で敵に攻め込んだら逆に敵に攻め込まれたンゴwwwwwンゴ……としか言いようのない状況で主役を張るのは古強者、長門です。

やはり本作最大の魅力は飛龍でしょう。読者からすると史実で活躍した「AL/MI作戦」のノベライズであり、ゲームではテーマ曲も与えられ、3巻の表紙にも改二の姿がある飛龍が活躍すると思いきや、その予想に反して作中の飛龍はずっと思い悩んでいます。なにせミッドウェー海戦ではただ1人反撃して一矢報いた誇りを相棒の蒼龍に否定され、拠り所を失ってしまっているのです。それでも蒼龍も瑞鶴も戦闘不能に陥り、再び自身が最後の希望となった時、己の誇りを見つめ直し、「飛龍の反撃」を開始する姿は込み上げるものがあります。有名な電文である「我レ今ヨリ航空戦指揮ヲ執ル」「飛龍ハ健在ナリ」、この2つの使い方も本当に抜群です。未読の方は楽しみにしていてください。また相棒である蒼龍が何故そこまで悲壮な覚悟をもっていた理由が最後に明かされますが、やはりこの物語は「鎮魂」なのだなぁとしみじみと思わされます。

長門の描き方も秀逸です。鎮守府を守るため、なんと大和を差し置いてダイソンと殴り合いを繰り広げます。大和型に次ぐ戦艦ということもあり、ともすると噛ませ役にもなりがちな(アニメでもそうなるんだろ、俺は詳しいんだ)彼女ですが、その点も乗り越えた誇りの高さを魅せつけてくれます。エプロン姿も見せてくれます。

この他にも航空戦艦や潜水艦、第11駆逐隊の面々の活躍も見られますし、5-5のイベント出禁のヤツまで登場する濃密な中身となっています。またこれまで硬い内容を挙げてきましたが、17dgの掛け合いを始め、クスリとくるライトノベルならではのキャラクター小説としても楽しめます。個人的には陸奥の爆沈した連合艦隊旗艦の誇りがツボでした。

次巻はぼちぼち重巡の娘たちがみたいなぁ(願望)。